我は土くれ

 カーツワイル先生が長寿のために毎日十杯の緑茶を嗜んでいることは既に常識ですが、それはそうとしてこちらを御覧下さい。

http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/10/30/1410.html

 いわゆる技術的特異点は20世紀半ば頃から想像されていましたが、その定義は明確ではありません。ので、私は個人的に技術史的観点から、これを技術開発の主役が人類から人類以外の存在へ世代交代することであると捉えています。さて、それは即ち強いAI、あるいは汎用的な機械学習の安価な実現を意味するはずです。
 IBMの人が言うように、2018年頃に出てくるであろうエクサフロップスクラスのスパコンによってヒト脳のシミュレートは可能になるとする意見を私も支持します。昆虫とネズミとヒトの間に細胞数のスケール以外の溝があるとは思わないので。ただ、それが人並みの学習能力を発揮するかというとそれは早計で、モデルをヒトに近づけていくにはヒト脳をミクロトームで全部切片化して走査していくような地道な作業が必要になるでしょう。確かもうどこかでやり始めていたはずですが。
 それでまあ、2020年に成人一人分相当の学習能力がHPCによって得られたとして、興味深い点は、無休の学習能力が達成する成果とはどのようなものかということです。普通人が日常的に学習し推論する能力は、実際には高度であるにも関わらずそれほど経済的価値を持ちませんが、恐らくそれと同等の能力を経済的に高価値な目標に振り向けたとき、驚くべき状況を生み出すかもしれません。まあヒトの場合無休止で考えることは実質的に無理ですから、一人分といっても正確ではないのでしょうが。
 そしてまた、ヒト一人分を超えた学習能力とは何か、という点も同時に俎上にのってきます。まさにレムの、Golem XIVの世界です。
 2020年ごろの半導体は、現在45nmプロセスの所を10年に32nm、12年に22nm、14年か15年に16nm、16年〜18年に恐らく11nmとして、まあそれくらいまでシリコンで達成できるんじゃないでしょうか。それを10万プロセッサ超盛ればエクサフロップスは達成可能なんだと思います。11nm近辺でこけてもグラフェンがあります。グラフェンなら1nmを割って分子トランジスタまでいけるでしょう。六員環一つが一素子の世界へ。
 室温でTHzから10THzのオーダーで動作するかもしれないグラフェントランジスタですが、ランダウアーの原理から恐らく限界があり、1層の、つまり単原子のグラフェンチップが100平方mmとして、その能力は100Pflops内外じゃねえの? 知らないけど。まあ単電子デバイスになれば熱揺らぎ近くで動作するんだからそこが限界なのは当然と言えば当然でしょうか。
 ヒトの神経系は、微視的には記憶とその変更、つまり学習によって動作しているはずですが、その機能は運動制御、長期記憶、中継整理、感覚、空間認識、予測、意思決定、自己意識、情動、内分泌、自律神経などの多様な用途を持ち、それらがどの程度局在しまた分離できるかは未だ謎ですが、ともかく学習能力はヒト脳全体のシミュレートと比較した要求される演算能力において、一桁以上簡約化できると思いますので、その程度の能力が家庭用に普及する日も2025年から2030年ごろに来るんじゃないかというのが私の予想です。人工知能の支援による半導体開発の非常に急速な進展がないとすれば、ヒトと機械の知的生産能力の逆転はこの数年から10年程度の間で緩やかに起こるでしょう。いや、緩やかかどうかは感覚しだいですが。何にしろ半導体産業は既に人類の巨大な知的能力を投入することで支えられているわけで、それを生まれたばかりの一人分人工知能が覆せるかどうかは微妙です。覆せてもハードウェアは人間が製造し増設するので、少なくともその程度の時間的余裕があります。むしろ、これら強いAIが惹き起こす問題は、技術開発力の決定的優位による政治的な破局が起こるか否かという所に関心が集まりそうです。恐らく最初にそれを手にするのは米国ですが、実は2016年とかの早期に達成しているのに軍事機密にして競争に好スタートを切られたりすると厳しいですね。

 このように考えると2015年頃からそれなりの期間は再びHPC開発競争が起こるはずなので、NEC、日立、富士通の御三家がそれまでに潰れないよう祈っております。従って京速計算機もユーザーにとっては有害な税金の浪費ですが、公共事業の一環としてはそれなりに見るべきものもないわけではないのだということで今宵はここまでにいたしたく存じます。